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周りの多くの人が普通に、やろうとしていて、

わたしも多分その中にはいったほうがいいですね。

見つけてないだけかもしれないけど突出した能力ってのが私にはないから

そんなら割り切って全部同じように目指していくことが一番いいと。。

ありのままの自分で生きていくんだ!ていう人が目立つように最近感じるけど

まーそういう人ばかりじゃ確実にこんな社会動いてないし

みんながみんなありのままの自分~とか言ってたら

まぁそれは動物さんになるってことで

わたしは人間なのでそんなに自分を解放したくない

やっぱ自分のポジションを知るってか

そういう作業が私には定期的に必要ぽい

あきらかに天才ではないからな。

 

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頭の中が多動ってwwwいやーいままでで一番しっくりくる言葉をみてしまいました・・・・

 

何考えてるか分かんないといわれるが、

そんなん私も分かってない、

てかなにから言えばあなたが分かってくれるのががもうわからない段階なんですよ、って言いたい、けどそんなこと言えないので

だまりまーす

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たらればはねぇから、なぁ

自分を考えるときに

過去どうだったかな、って振り返るのが苦痛なので

振り返らないけど

よく考えてる人は

苦痛じゃないのかな

振り返らないのも逃げっちゃ逃げだし

あー一番の問題だと思うのは反省がないことですね

いやこれはもう、大きな・・・ことで・・・・・

今適当に過ごして、過ぎ去ったことは考えないからふたをして、また今適当にやる

これはもう進歩がない!あほみたいだ。

人間的じゃないな

今を適当にすごすんじゃなくて、逐一がんばってれば振り返らなくてもいいかもだけど

そんなんねできてないからぁー

だからみんな振り返って反省して次こうしよって思うのでは

つまり!わたしは逃げているだけで

みんなが先に進もうとしているなか、同じところをぐるぐると意味もなく回っているだけだったと

たらればは無い、ってサッカー選手のひとが言ってるのを聞いてめっちゃ共感したんですけどね、

プロの人が言ってるのと、私がおんなじこと思うのとじゃ大違いだ

客観視がまったくできてねぇぞ

っていう話でしたね。

真似するんなら全部まるごと真似しないとだめですね

一つずつ直していかないと早いうちにだめになって、置いていかれてそうなので

まわりよく見て、行動しないと

いけないぞ

 

 

 

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自分の好きなことばっかりしたい気持ち、と

そんなんしてたら偏ったやつになりそうで嫌だなと思うのと一緒にあるから

めんどくさいなー

全部知ってたい、のがわたしあるんだなって最近気づいたんですが

それは、あの人じつはこうなんだってよーていう話をいっぱい知ってたいわけじゃなくて

どっちかというとマニアック気味の?話題についてすごい興味がわく

でもばーーーって3日ぐらいそればっか没頭して調べて、自分の中でまぁまぁ全体像つかめたかなくらいで

すっと違う興味のあるものにうつるというか

だからものすごく何かに詳しいってのがないんですよね

これは考え方だけど、すごい薄っぺらい人ですね

んー

この世の中一生かかっても全部をしることはできないだろうから

私は死ぬまで薄っぺらいやつ

 

えー

 

 

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いまものすごい反省している・・・・・・・・・・・

 

自己評価って他者とくらべての自己だから

他人いなきゃ自分もいないから、

つまり!

他者を認めるってか褒めるってか自分よりこうだとかいうことが考えられて、それ踏まえての自分だ

・・・こういうのを言葉におこせる人はすごいんだな全くでてこないし上手いこと書けない

 

無知の知ってのが自分のポジション確認作業ってことだろな

てかどういう形でかんがえればいいんだろう

ピラミッド、か左右対称の上がって下がるやつみたいなのか

 

あーーーーあしたは休みの日です。

 

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小学生のころなんかはまったく気づかなかったけど、自然の中にいる、と

(特に木が風に揺られている音を聞いたり見ていたりすると)

心地いいー

小学4年生かそこらへんで屋久島に家族旅行にいったことがあって、

屋久島の縄文杉をみにいこう、というツアーに参加し

ただひたすら足元の悪いだらだらした木が生えまくっている中を歩いた経験があります

あの時はもう本当に苦痛でしかなかった・・

ツアーのタイトルに、やまのぼりって入ってたんですね。

山を登っていたから山登りといえば山登りですが、

私のイメージしていた山登りというのは下から上に向かって歩いていって最後に山頂からの景色を眺めるというものだったので

思っていたのと違うぞとぶつぶつ心の中で言っていました

あのときは最終目的地が縄文杉?で、木で覆われている中を歩いて行って、もしゃあっとしたどでかい杉をみて、また歩いて帰るというものだったので、イメージしていた山頂での開放された感を味わえず、ぶーたれました。

思っていたことと違うし、縄文杉まで来たけどだからなんなんだと

今文字にして書いていても不満ありありな単語ばかり出てきます

今また行けば全然違った感覚でその景色を見られるんだろうなと、考えるのは簡単ですが

あのひたすら歩くというのを自分からしにいこうという気分にはこれからもならないだろうと思うので

屋久島に対する私のこの感覚はずっと変わらない

たぶん、、、

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なんで昼夜逆転してしまうんでしょう

一日ずっと家にいるだけで、夜に活動しなきゃいけないわけでもあるまいに

なぞ